先日、NHKで放送された「バレエの王子になる!」という番組を見たのです。ロシアのバレエ学校のドキュメンタリーでした。最初のほうを見逃してしまって残念でしたが、たいへん面白く興味深い番組でした。
校長先生が生徒たちに向かって放つ厳しい叱責の言葉が印象的でした。「バレエの世界において、才能は天から降りて来ることは絶対にない、練習あるのみ」
そこからちょっと興味を持って、他の映像をDVDで取り寄せてみたのです。
・「ワガノワ・バレエ・アカデミー バレエに選ばれた子どもたちの8年間」
・「パリ・オペラ座バレエ学校の妖精たち〜エトワールを夢みて〜」
・「七小福」・・・実話に基づく京劇の学校の物語
事前に想像されたことではありますが、まあ厳しい世界ですね。子供にとって、厳しくされるのと、放っておかれるのと、どちらがつらいものなのでしょう。厳しくされるのが羨ましいと感じることもありますが、現実には、脱落していく子もたくさんいますからねえ。
「その涙は何ですか?あなたは今ここで泣くより、この3年間こそ頑張るべきでした。しかし、あなたにはまだチャンスが残されているのです」
先生が生徒に向かって言う言葉は、先生自身も子供の頃に聞かされて育ったのだろうと思いました。咄嗟には出てこないと思う。
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ところで、私たちの文楽の養成事業ですけれども、募集してもなかなか人が集まらない、という状況が続いています。
新国立劇場で行っているオペラ研修、バレエ研修、演劇研修のほうは、毎年、それぞれ数十名ずつの応募があるのですが、国立文楽劇場の文楽研修は、多くて3人とか、酷いと応募ゼロのこともあるのです。
私はこれまで、「この募集方法では人は集まらないと思います」ということを、たくさんの人たちに訴えてきたのですが、全然聞いてもられない。そこで今ブログに書き込んでみているというわけです。ごまめの歯ぎしりですね。
まず、募集が「基本的に2年に一度」ということになっています。「基本的に」というのは、募集しても応募がゼロだった場合、次の年に続けて募集することがあるため、確実に2年に1度であるという保証はないのです。2年のサイクルが、途中でズレてしまうことが、実際に起こっているんです。前もって「この年度に募集があるはずだから」という心づもりができないのです。募集があるんだかないんだか分からないものを、将来の選択肢の1つに入れるということは、ちょっと考えられないことです。若者にとって、1年の違いは大問題でしょう。計画的にこれに応募してくる人は1人もいない、ということです。
そして、「研修場所は国立文楽劇場、ただし、文楽東京公演時(年4回)には国立劇場で行います」という募集要項になっています。研修場所は大阪だけれど、年4回は東京。年4回って、一体いつのことなのでしょうか。公表されているのでしょうか。それは何日間ですか。そのあいだ、研修生は、衣食住をどうすれば良いのでしょうか。自分でアパートを借りるのでしょうか?私がちょっと聞いてみたところ、勤め人の出張の時と同じように、交通費と宿泊費は劇場から出るのだそうです。ならば募集要項にそう書いておけば良いではありませんか。「年4回、東京で行います」ということだけしか分からない謎の募集要項、こんな怪しい募集に申し込む人が存在するほうが不思議というものです。親御さんだって心配で預けられないでしょう。
それから、この研修を修了した人たちが現在、実際の舞台で大活躍しているというのに、そのことが何もアピールできていない。誰が研修修了者で、誰がそうでないのか、職員でさえ忘れてしまうことがありますよ。「研修修了者一覧」というものがホームページに掲載されていないからです。
伝統芸能分野の研修生は、人が足りないから、必要だから募集しているのであり、ちゃんと育てば、将来のポジションがすでに用意されているわけなのです。「修了者が現在これだけ活躍している」ということを明示すべきだと思うのです。しかし、全くできていないのです。
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文楽の研修生は、現在募集中ということになっていて、ホームページに募集要項が出ています。そこに「2週間の研修例」という表が掲載されています。
私も知らなくて、この表を見て驚いたのですが、文楽の研修は授業数が非常に少ないですね。彼らは1日に2〜3時間しか授業を受けていないのでしょうか?残りの時間は全て自習なのでしょうか?23歳以下の子供が、どの程度、自分だけで勉強できるものなのでしょうか。
文楽の技芸員になるためには、演劇史、日本史の授業も必要でしょう。能楽についても、『俊寛』『景清』『安宅』『安達原』『隅田川』『班女』『海士』など、文楽に関係の深い曲目だけでも見ておいていただかなくてはなりませんし、能の舞台を見る前には、詞章を読み、知らない言葉を確認しておくという授業も必要でしょう。演劇人であれば、毎日の運動の時間や、健康・体力維持、栄養学の知識も必要でしょう。『伊勢物語』『平家物語』『太平記』の授業も必須でしょうし、近松の原作を読む授業も当然行われているものと思っていました。これが本当に研修生の代表的な2週間なのでしょうか。2週間のうちに、日本舞踊の授業は1コマもないのでしょうか。
文楽の技芸員が、歌舞伎について、どの程度知っておくべきなのかという点については、意見の分かれるところかもしれません。しかし、文楽の太夫や人形遣いであれば、歌舞伎の演技や演出、戯曲のカットの入れ方、照明の使い方、人形ではなく人間ならばどう動くのか等、参考となる点も多いと思います。映像がたくさん出ているのですから、見ればいいのです。
『伽羅先代萩』という演目があるからには、茶道についても少しは心得がなくてはなりませんし、武士が主役の演目がたくさんあるのですから、武道のことも少しは知らなくてはなりません。本格的でなくとも、知識として、刀の扱い方なども知っていた方が良いと思うのです。新国立劇場のバレエ研修でさえ、茶道を習っています。なぜ文楽研修生は茶道を習わないのでしょうか。
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去年のことですが、新国立劇場のバレエ研修の公演を見に行ったところ、現役の研修生が1人ずつマイクを持って喋るという時間が設けられていました。将来の目標や、新国立劇場の研修所に入って自分が得た成果について、自分の言葉で話していました。それから、普段の研修風景を収録した数分の映像を流していました。研修発表公演が、研修生の募集活動にもなっているわけです。
「国立文楽劇場でもやりましょう」ということがない。それだけの職員もいないし、予算もない。
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文楽の研修制度というものは、国立劇場ができてから始まったもので、当然、昔はありませんでした。「国が実施してくれて、ありがたい」「あなたたちは恵まれています」「現状で感謝」というスタンスだと思います。ところが新国立劇場のオペラ、バレエ、演劇は、「海外の研修制度はあんなに充実しているのに日本は貧しい、もっと、もっと!」というスタンス。予算はどんどんあちらへ移っていきます。
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文楽の、特に太夫の人数がどんどん減っていることに、私は強い危機感を持っています。時代物の通し上演は、もう無理なのではないかと思います。悔し涙が出ます。本当に。