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積もると知らで
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    JUGEMテーマ:歌舞伎


    私は現在48歳なのですが、「久しぶりに会った知り合いが爺さんになっていた」「婆さんになっていて驚いた」ということがあるのです。
    自分のほうは、もう少し若いつもりでいた。驚きはするものの、もうこの歳なのだから、それもそうかと思う。
    急激に老眼が進み、私はもともと近眼なので、遠くも近くも見えない。
    人間ドックで聴力検査を受けると、むかしは聞こえて当然と思っていたはずの音が、去年から聞こえなくなっている。
    ある日突然、奥歯の1本がグラグラしてきた。いつ歯医者に行こうかと悩んでいる。

    「光陰矢の如し」「少年老い易く学成り難し」などという言葉をしみじみと思い出す。この言葉を知ったのは少年の頃で、でももし先まで自分が生きていたなら、この言葉をしみじみと思い出すに違いないと少年の頃に私はもう分かっていた。

    去年の5月、京都の丹後文化会館へ、坂東玉三郎さんの舞踊公演を見に行ったのです。京都駅から日本海側の京丹後市までバス2台。男性は私ともう1人だけだったと思います。あとは、おばさんばかり。改めて自分は変わった人間なんだなあと思いました。行きのバスの窓から一瞬だけ、日本三景の一つ、天橋立が遠く見えました。
    上演作品の予習をしていて、地唄『黒髪』の最後の部分「積もると知らで積もる白雪」の歌詞は、「自分の黒髪がいつの間にか白髪になっていたことを表している」という説があることを知りました。『黒髪』にはいろいろな上演の仕方があるようですが、玉三郎さんはいつも上方の遊女姿で踊られます。「吉田屋」の夕霧のような扮装ですね。白髪を雪や霜に譬えることは、むかしからよく行われる詞的な表現ですが、そうだとするならば、『黒髪』で舞っている人物は「過去の(まだ髪が黒かった頃の)自分」ということになるのだろうか。いまはもう存在しない過去の自分。それとも、若い自分がひょっと「未来の(髪が白くなった)自分」を想像してしまった歌詞だろうか。もし白の頭で舞ったら、どんな作品になるのだろう。もしかしたら今回、そういうふうに踊る可能性もあるだろうか。

    ・・・などと考えながら丹後文化会館の公演を見たら、この時の『黒髪』では、地唄の音楽に乗って「桜姫の髪梳き」が行われたのでした。暗い中にぼんやりと、桜色の桜姫がいた。もう見られないと思っていた。

    桜姫は、鏡の中にどんな自分を見たのだろう。


     

    | 歌舞伎 | 07:00 | comments(0) | - |
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