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ロシアのバレエ学校
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    NHKのEテレで、ロシアのバレエ学校のドキュメンタリーをやっていました。

    ※「教育テレビ」が「Eテレ」になったあたりから日本語から意味が消滅していって人々に「印象」とか「雰囲気」を喚起するだけの記号になったと私は感じています。本当に公共放送なのかと命名の見識を疑う。
    ロシアのバレエダンサーは国家公務員なのだそうです。でもバレエ学校の生徒がやっているファッションショーのモデルの仕事は公務員じゃないみたい。ロシアの「公務員」と「公務員以外」の区別は誰がどのように決めているのでしょうか。プーチンが決めているのかな。
    ワガノワのバレエ学校のレッスン室が広くて綺麗で羨ましい〜。
    日本の国立劇場の研修室は、共産主義の国より狭くて汚くて惨めですよ。
    だからと言って「ロシアに生まれればよかった」とは思わないけれど。
    | バレエ | 17:40 | comments(0) | - |
    私とロメオとジュリエット
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      JUGEMテーマ:バレエ

       

      先月、新国立劇場で、ケネス・マクミラン振付の《ロメオとジュリエット》が上演されました。この作品を初めて見た人に「どうでした?」と感想をうかがうと、ひと言「あまり踊らない作品なんですね」と言われました。私はビックリしたのですが、しかし改めて考えてみますと、確かにこの作品はジュリエットにばかり焦点が当てられていて、脇役が全然踊らない。例えば「言うことを聞かぬ娘に対する父の怒り」などは全く踊りもしない。婚約者パリスがジュリエットのことをどれくらい好きなのかという感情も不明。若者が剣で争う場面も、あまり踊っていないような印象を残す。神父ロレンスに至っては、描き方が淡泊すぎて、その無責任な人柄に呆れるほどです。

      マクミラン振付の《ロメオとジュリエット》は、アレッサンドラ・フェリの主演で初めて見た時はものすごく感動したのですが、こうして時間が経ってみますと、「なぜ、この場面があるのに、あの場面がないのだろう」と全体の構成について不思議に思うことも多いのです。

      ジュリエットが、踊らずにベッドに座って真っすぐ前を見つめている有名な場面がありますが、冷静になってみれば、彼女が何を決心したのかよく分からない。ジュリエットはロレンス神父に助けを求めるくらいのことしかしないのですから。

      数か月前に、海外のカンパニーがこの作品の「バルコニー・シーン」だけ上演するのを見たのですが、バルコニーの舞台装置がなかったのです。バルコニーがないと、この作品が「ロメオとジュリエット」であることを表す要素は何も存在しない。「言葉がないと、こんなに不自由なんだなあ」と思いました。

      ロレンス神父とロメオとジュリエットによる「結婚の秘蹟のパ・ド・トロワ」とか、ロメオとジュリエットとひばりとナイチンゲールと死の精による「夜明けのパ・ド・サンク」とか、ロレンス神父とジュリエットと命の精と死の精による「眠り薬のパ・ド・カトル」とか、もっといろいろな振付があってもいいのではないかと思ったのでした。「求愛するパリス」と「拒絶するジュリエット」と「怒る父」と「困惑する母」による「パ・ド・カトル」とか。1人で全幕を振り付けるのは難しいので、分担して作ればいいんですよね。

      | バレエ | 07:00 | comments(0) | - |
      拍手のタイミング
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        今日、東京文化会館で、ジョージ・バランシン振付のバレエ《セレナーデ》を見てきたのです。音楽は、チャイコフスキー作曲の「弦楽セレナード」が使われています。(「セレナーデ」と「セレナード」がどう違うのか、よく分かりませんが・・・)
        舞台が進んでいき、何と、楽章と楽章の間で拍手が起こったのです。それも、最初の切れ目ではなく、最後の切れ目で。まさかこの東京で?!と驚きました。一体どういうことなのでしょう。

        私たちは、「楽章の切れ目では拍手をしない」ということを、いつの間に学習するのでしょうか。学校の音楽の授業では習わないですよね。交響曲を一曲まるごと聞く機会など、ありませんでしたから。
        私の親は、よく私を芝居には連れて行きましたが、オーケストラの演奏会に連れていくことはありませんでしたので、親から教わったのでもありません。

        オペラ歌手のリサイタルで歌曲が歌われる場合、同じ作曲家の作品が続く間は拍手をしないものだとされていますが、それでも拍手が起こることはよくありますし、雰囲気が壊れることはあまりないと思う。歌手もまんざら悪い気はしなさそうですし。

        しかしオーケストラの場合はどうですかねえ・・・。
        そもそも、どうして間髪入れずに拍手しようとする人がいるんですかねえ?まるで拍手の早さ競争でもしているかのようです。往々にして、感動の邪魔になる場合もあるじゃないですか。
        私が「自分から真っ先に拍手をする」「他の人が拍手しなくても構わないから拍手する」というのは、歌舞伎か文楽くらいですね。
        よく知らないのに拍手をするのは怖いことですからね。だいたい周りの人に合わせますよね。

        休憩時間にプログラムを読んでおりましたところ、この作品はバランシンが第3楽章と第4楽章を入れ替えて振り付けたのだと書かれていました。つまり今日の公演で楽章間に拍手をした人は、チャイコフスキーの「弦楽セレナード」に慣れ親しんでいて、反射的に「終った」と思い込んで拍手をしたらしいのです。(バランシンの《セレナーデ》には慣れ親しんでいなかったらしい)

        私などは「弦楽セレナード」と言えば冒頭部分しか覚えておりませんが・・・。

        | バレエ | 20:12 | comments(0) | - |
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