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常磐津『戻駕』詞章解釈4
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    歌舞伎の中には遊女がたびたび登場しますけれども、遊女にもさまざまな階層があります。『戻駕』の台詞でも、上方の遊女の分類として「太夫・天神・引き舟・囲い」と言っていますね。

    江戸と上方とで遊び場の雰囲気もずいぶん違っていただろうと思いますが、どちらも、歌舞伎に出てくるのは上層の(お金のかかる)遊女が多いように思います。そのほうが見栄えがしますものね。近松物には、上方の庶民的な遊女も登場しますが、ほとんど上演されなくなりました。歌舞伎で下層と言えば、一気に「夜鷹〔よたか〕」「惣嫁〔そうか〕」、すなわち道端に立って客を引く遊女になってしまいます。ところが落語のほうに参りますと、程度の低い店も登場することがあります。古今亭志ん朝の傑作『お直し』がユーチューブで見られますので、ぜひご覧になると良いでしょう。最高です。
     ○
    『戻駕』では、珍しく、「河豚汁」「鉄砲」という「吉原遊廓の中で最下層の店」の描写が出てきます。上方の廓話では上層、江戸の廓話は下層という対照性に、この舞踊作品の面白さがあるそうです。どちらも、初演時の観客層にとって「珍しい」「興味がある」「見てみたい」という対象だったのでしょう。現代人にとっては、なおさら未知の世界であります。
     ○
    地回り節〔ぶし〕に声しぼる つい手拭いの頬冠〔ほおかむ〕り
    月待ち日待ち台〔だい〕まちや 田町〔たまち〕にござる法印〔ほういん〕さんの 守りお札や 占〔うら〕やさん よく相性も木性〔きしょう〕と火性〔ひしょう〕 吸付煙草〔すいつけたばこ〕の火皿〔ひざら〕さえ 鉄砲店〔てっぽうみせ〕の気散〔きさん〕じは 短き夜半をきりぎりす 枕も床〔とこ〕も上草履〔うわぞうり〕 浮気同士の仇〔あだ〕比べ 回らば回れ女気〔おんなぎ〕の 口舌〔くぜつ〕せぬ日も茶碗酒 こは馬鹿らしいじゃないかいな
     ○
    鉄砲店に通う男の描写です。
    廓の中をうろうろしているチンピラの歌声が聞こえて来たので、つい頬冠りをした。鉄砲店というのは、堂々と行くところではなく、何となく後ろめたい感じがしたのでしょう。
    そして鉄砲は「終わったら早く帰ってください」「次の準備がありますので」という店なので、そこには泊れないわけです。ですから、鉄砲店に行く前後には、廓の中や、吉原周辺をぶらぶら歩くことになる。そこで近くの田町に行って、修験者に恋占いをしてもらったり、お守りをもらったりして、恋しい女に渡すこともあったのでしょう。「俺たち、相性がいいんだって」などと言いながら。同じ占い師に道で何度も会うこともあったでしょう。
    「月待ち日待ち台まちや」・・・「他の店では、そういうイベントをやっていて賑やかだけれど、俺には関係ない」と外側から眺める描写でしょうか。
    「短き夜半をきりぎりす 枕も床も上草履」・・・普通の店では、2階で床入りとなるわけですが、鉄砲店は1階で、地面が近くて、壁も薄いので、いろいろな音が聞こえてきて、かつ狭い」という描写でしょう。もとより「終わったら終わり」なので、季節と関係なく夜は短いです。
    「浮気同士の仇比べ 回らば回れ女気の」・・・遊女がひと晩に複数の客の相手をすることを「回しを取る」と言います。落語には「五人回し」というネタもあります。そして普通の店では、いったん馴染みになったら、男の浮気は許されない、歓迎されないわけですが、鉄砲店にはそのような制約はないのです。男のほうも女のほうも浮気のし放題、「色だけ」とも言えます。馬鹿らしいでしょうか?
    | 歌舞伎 | 14:43 | comments(0) | - |
    常磐津『戻駕』詞章解釈3
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      この舞踊には、3人の登場人物が出てきます。

      ・浪花の次郎作 実は 石川五右衛門
      ・禿たより
      ・吾妻の与四郎 実は 真柴久吉
       ◎
      豊臣秀吉は、歌舞伎の中では真柴久吉という役名になることが多いわけですが、その関西人であるはずの真柴久吉が、「吾妻の」与四郎という役柄となって、江戸自慢を展開するのは不思議なことだと思ったのです。
      しかし、そもそも『戻駕』は、2年あまり上方へ行っていた初代中村仲蔵が、江戸に帰ってきた時のお祝い狂言であるという性格があります。上方から帰ってきた仲蔵に、上方の話を聞かせてもらおう、という趣向だと思います。浪花の次郎作を演じるのは、浪花の役者ではないわけです。
       ◎
      吾妻の与四郎を初演した四代目松本幸四郎は、京で生まれ、江戸の役者となり、上方の劇場に客演したこともあるそうです。『戻駕』の作者である初代桜田治助は、江戸歌舞伎の狂言作者ですが、上方で修業したという経歴があるそうです。つまり、真に実力のある人物は、その活躍が「江戸だけ」「上方だけ」に留まるということがない。「上方にも詳しい」「どちらも知っている」ということが、大物の証しだったのではないでしょうか。
      鷹は鐘山〔しょうざん〕に生〔しょう〕じて 雄心〔ゆうしん〕自〔おの〕ずから局〔きょく〕すとや
      というあたりの詞章に、そのような気分を感じ取ることができます。「雄心」とは、「生まれた場所に限定されない活力」「遠くの物を手に入れようと思う征服欲」ではないでしょうか。(この詞章は通常、省略されてしまうそうですが)
       ◎
      仲蔵の演じる「浪花の次郎作 実は 石川五右衛門」は、実はナニナニという二重構造ではなく、役柄が三重構造になっていると思うのです。
      ]臆屬亮]査
      ∪仞邯浣Ρ厂
      初代中村仲蔵
      置き浄瑠璃のあいだはのキャラクターで、その後しばらく,箸覆蝓⊇盤にぶっ返って△遼楡を現す、というように私たちは思い込んでいます。けれども、そのように場面によってキャラクターが分かれているのではなく、3つの要素が全編にわたって絡まっているのではないかと思うのです。
      どういうことかと言いますと、浪花の次郎作が話す「大坂の廓話」は、純粋な大坂の廓を描いたものではなく、「江戸の人気者が大坂の廓に乗り込んだら、こうなった」というファンタジーになっています。江戸の丹前六方を、大坂の廓でやったら大評判だった、要するに「仲蔵は向こうでも大ウケだった(さすが東〔あずま〕の男山〔おとこやま〕)」というものです。
       ◎
      そうして「大坂の揚屋尽くし」の詞章となります。仲蔵が実際にこのような揚屋めぐりをしたのかどうか、よく分かりませんが・・・。ちょっと長唄っぽい、言葉遊びの部分ですね。
      続いて「男女の痴話喧嘩」の描写です。2人が何のことで喧嘩をしているのかと言いますと、この男は「しばらくしたら江戸に帰ってしまう」ということが、あらかじめ決まっている男なのです。ずっと大坂にいるつもりはない。女のほうでは、その事情を薄々知っていたのだけれど、それでも好きにならずにいられないほど「いい男」だったのです。それって酷くないですか。なぜ惚れさせたんですか。ねえ本当に江戸に帰ってしまうの?ずっとこっちに住んじゃえばいいのに。私をここに捨てていくの?酷くない?という終わりのない痴話喧嘩。
       ◎
      ところで、禿のたよりが、小車太夫のお客さんに届けるという羽織の話です。羽織の背に「以上」と書かれているのは、「これで、もうおしまい」「さようなら」という意味でしょう。「あなたのこと、すごく好きだったけれど、忘れてあげるわ」ということです。しかし、遊女が客に羽織を贈るのは、「これを着て私に会いに来てね」ということでもあります。「これでお別れだけど、もしもあなたが私に会いたいのなら、拒みはしないわ」「いつか、またね」という切ない女心が込められていると思われます。
      このような羽織を、別の廓で着ることが、男の見栄になったのだと思います。「これほど女を惚れさせた」「けれど恨まれずに綺麗に別れてきた」というステイタス。その格好良さを分かってくれる人が現代にどれくらい存在するのか知りませんが。
      | 歌舞伎 | 00:01 | comments(0) | - |
      常磐津『戻駕』詞章解釈2
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        このブログでは、歌舞伎舞踊の詞章解釈をたびたび掲載していますが、それらは「これが正解です」と申し上げているのではなく、単に1つの解釈を提示するものです。今回取り上げる詞章も、日本舞踊社の『日本舞踊全集』には別の解釈が出ていますので、そちらも読んでみると良いでしょう。

         ◎ ◎ ◎
        おらは元来遣〔つか〕われ者よ 今度この度〔たび〕召された 気転利かせて 知恵の輪〔わ〕出して やるぞ白紙〔しらかみ〕 文箱地蔵〔ふばこじぞう〕
        衆生済度〔しゅじょうさいど〕に色〔いろ〕がある 晩にござらば窓からござれ 窓は広かれ身は細かれ 忍び来る夜〔よ〕のその風俗は 恋の奴〔やっこ〕の通り者
         ◎ ◎ ◎
        この件りは「奴の踊り」です。吾妻の与四郎は駕籠舁きなのに、なぜ奴の踊りを踊るのか。それは、彼が「以前は奴だったから」でしょう。奴というのは、歌舞伎の中にもときどき出てきますけれども、「中間〔ちゅうげん〕」「折助〔おりすけ〕」とも呼ばれます。武士の雑用をこなしていた雇われ者で、言わば非正規労働者です。奴も、駕籠舁きも、一生勤め上げるような職種ではないのでしょう。「元来遣われ者」という部分に、仕事を渡り歩いている立場が表れています。豊臣秀吉も、若い時分には草履取りでした。
         ◎ ◎ ◎
        「やるぞ白紙〔しらかみ〕」の「やる」というのは、「手紙を遣〔や〕る」「送り届ける」という意味でしょう。この奴は、ご主人から、手紙を届けてくるよう命じられたのです。「白紙を届けるぞ!」というのは、裏を返せば「何も届けないぞ!」という宣言です。届けるように命じられた手紙を、届けなくてどうするのかと言えば、「相手からの返事を捏造」したのではないでしょうか。
         ◎ ◎ ◎
        「文箱地蔵〔ふばこじぞう〕」については、日本舞踊社の『日本舞踊全集』に詳しく解説されています。
        文箱地蔵は、南都(奈良)にあると伝えられる文遣い地蔵と関係があるのではないかと思う。『雑説嚢話』に、
        当時、左少弁行隆卒後(行隆という人が亡くなった後)、その娘、深く嘆き、文を書いて地蔵の御手に置く。翌日見れば、父行隆の返事あり。よって文遣いの地蔵と称する(文遣い地蔵と名づけられた)という。信用しがたき縁起なり(信じられない話だ)
        とある。
         ◎ ◎ ◎
        要するに、この奴は、手紙を届けずにすむ悪知恵を働かせたということなのです。遠くまで歩いて行って手紙を届けるのは、本当に大変ですから。(怠業)
        手紙を届けるのをやめて、空いた時間に何をするのかと言えば、もちろん「恋しい女に会いに行く」のです。「衆生済度に色がある」・・・現在の苦しみから救われるための方法として色がある。哀れな遣われ者でも、女に会う時ばかりは極楽浄土へ行けるわけです。当然、事前に手筈は整えてあります。この奴は、「本来ならば、この時間、この場所にはいないはずの人」「手紙を届けに別の場所へ行っているはずの人」なので、隠れてコソコソ実行する必要があります。それで、窓から忍んで入り込むことになる。
         ◎ ◎ ◎
        「窓は広かれ身は細かれ」・・・忍び込むには、窓は広いほうが良い、身は軽いほうが良い、という意味。恋の極意の伝授です。「○○は△かれ、◎◎は☆かれ」は、「○○は△するのが良い、◎◎は☆するのが良い」という定型的な表現です。世阿弥の書いた『風姿花伝』の中に、「稽古は強かれ、情識はなかれ」という有名な言葉があります。これは噛み砕いて言えば、「稽古は積極的にやったほうが良い、固定観念はないほうが良い」ということでしょうか。
         ◎ ◎ ◎
        詞章の最後の「通り者」というのは、「よく知られた人」「有名人」という意味ですから、隠れてやっていた悪事がバレて、クビになって、街の話題になったのではないでしょうか。彼は「恋の奴さん」として名の通った男なのです。
        | 歌舞伎 | 09:56 | comments(0) | - |
        『戻駕』の禿
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          「まいにちまいにち ぼくらはてっぱんの うえでやかれて いやになっちゃうよ」という歌詞で有名な『およげ!たいやきくん』は、1975年のヒット曲で、シングル売り上げの日本記録だそうです。私は1971年生まれですが、幼い頃に何度も聞かされました。なぜこの歌が日本記録なのか、ずっと不思議に思っていましたが、自分が仕事をするようになると、しみじみと思い出すことがあります。たいやきくんの気持ちが分かったりして。

          『戻駕』に出てくる「禿々と沢山そうに言うておくれな」という詞章も、同じような気分を感じさせますね。「分かる分かる」という共感でしょうか。
          私は平成7年に日本芸術文化振興会に就職して、さまざまな部署に配属され、現在の部署が11箇所目です。その中で、自分の希望どおりの仕事をさせていただけたのは2箇所だけ。国立文楽劇場の宣伝編集係(平成13〜15年度)と、国立劇場の編集企画室(平成26〜29年度)です。編集の仕事というものは、「もっといいものを作りたい」と思えばいくらでも時間がかかるし、「これでいいや」と思えばそこで終了なのです。私は東京の文楽公演プログラムに強い不満を持っていて、「出演者のインタビュー記事を掲載したい」「カラー写真をたくさん掲載したい」という野望がありました。配属1年目に予算を要求し、仕様書と予定価格を作り直し、2年目にやっと実現したのです。企画を継続していくのも結構大変でした。ところが3年目に「国立劇場開場50周年記念」というお祭りがあり、新たな仕事が上からドカドカ降ってきて、現状だけでもすでに目いっぱい働いているのに、新規にあれをしろ、これをしろ、これはいやだ、あれがいいなどと命令され、もうやっていられない。辞表を提出しようかと思いました。国立文楽劇場の編集を担当していた時も、3年目に「国立文楽劇場開場20周年記念」があり、もうやっていられないと思い、異動の希望を出しました。
          『戻駕』の禿の踊りは、禿の心情をそのまま表したものではなく、大人の視点から禿を描写したものであり、従って踊っている本人は深刻な詞章と裏腹に無邪気に踊っている、というところに妙味があると思われます。
          | 歌舞伎 | 23:16 | comments(0) | - |
          常磐津『戻駕』詞章解釈1
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            『戻駕』の詞章は、わりと難解だと思います。日本舞踊社の『日本舞踊全集』で『戻駕』のページを読めば、出てくる語句の意味はだいたい分かると思いますが、なおもって全体の意味が分かりづらいと思うのです。そこで僭越ながら、これから数回にわたって、私がちょとばかり解説をさせていただきます。

             ◎
            まず、全体的な状況を説明いたします。
            廓というものは、住宅地から離れた場所にあるものですから、駕籠に乗って行く人も多かった。駕籠舁きは、廓で客を降ろす。客はそこで一晩を過ごしますが、駕籠舁きには宿が用意されているわけではないので、もと来た道を帰ることになる。その時刻は「廓に人が集まってくる時間帯」なので、「廓から出ていく人」はいない。つまり駕籠に乗ってくれる人はいないので、帰りは金にならない。もったいないことに、ただ空の駕籠を担いで歩いて帰るだけになる。「もし乗ってくれる人がいるのなら、安くしとくけど、誰かいないかね?」というのが「戻り駕籠」で、今回乗ってくれたのは「禿〔かむろ〕」です。禿がなぜ駕籠に乗るのかと言うと、自分の仕える「小車太夫〔おぐるまだゆう〕」のお客さんの家まで、羽織を届けるためです。小車太夫から、仕事を言いつけられたのです。遊女というものは、自分のお客に対して、「また会いに来てね」という手紙を送ったり、プレゼントを送ったりするものなのです。遊女が客をつなぎ止めるために使う技術を「手練手管〔てれんてくだ〕」と言います。でも自分で直接届けることはできません。遊女は廓の外に出られないのです。逃げてしまうかもしれないからです。しかし禿は外に出させてもらえます。禿は他に行く場所がないからこそ遊廓に売られてきたのであり、逃げる心配がないのです。
             ◎
            禿々〔かむろかむろ〕と沢山そうに 言うておくれな
            「ちょっと、禿、これやってちょうだい」「禿、あれ、やっといてちょうだい」、まるで禿が沢山いるみたいに矢継ぎ早に用事を言いつけるけれど、それ全部私がやるんですか?
            訳〔わけ〕見習ろうて やがて悪所〔あくしょ〕を島原〔しまばら〕の ませより染むる藍〔あい〕の花
            幼い頃から、遊女と客のやり取りLINEをつぶさに見て、やがて自分自身も遊女になっていく、自分が仕えていた太夫よりも遊女らしく
            外〔そと〕でなぶられ 内〔うち〕ではせかれ ほんに身も世〔よ〕もあられ降る
            廓の外ではいじめられ、廓の中では急き立てられ、本当に身も世もあられぬ
            雨の柳の出口まで 幾度〔いくたび〕通う小夜千鳥〔さよちどり〕 啼〔な〕くが所在〔しょざい〕か 味気〔あじき〕なや
            「あの子、どこ行った?」「泣き声が聞こえるところを捜せば、いるんじゃないの」、ああ、面白くない、生きている甲斐もない
             ◎
            ところで、駕籠舁きの中には、「せっかく廓まで来たのだから」ということで、自分も遊びに行ってしまう人がいたようです。
            下戸〔げこ〕は酒手〔さかて〕で萩〔はぎ〕の花 呑み込んだ 様〔さま〕は なる口〔くち〕 こちゃ色上戸〔いろじょうご〕
            駕籠舁きは、それほど稼ぎの良い仕事とは思われませんが、駕籠に乗っているほうはリッチなので、酒手(チップ)をくれます。タクシーの運転手に当たり外れがあるのと同じで、いやそれ以上に、駕籠舁きにも当たり外れがあり、当たりであれば必ず酒手を弾むものなのです。「酒手」というくらいですから、「これで酒でも飲んでくれ」という金なのでしょうが、酒の飲めない下戸はその金をお萩などのスイーツに使い、色上戸(女好き)は廓に使うのです。ここは「酒手の使い道もいろいろだ」という詞章です。色上戸の駕籠舁きが会いに行くのは、もちろん最も安い店の女でしょう。外題の「色相肩」というのは、「色に会う」、すなわち「駕籠舁きが廓の中の女に会いに行く様子を描きます」という暗示ではないでしょうか。
            | 歌舞伎 | 23:48 | comments(0) | - |
            風は柿色
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              先日、大阪文化芸術フェスの「歌舞伎特別公演」で、『戻駕』を見てきました。常磐津ご連中は、マスクをして演奏なさっていたのですが、これが白でも黒でもなく、柿色だったのです。それも、定式幕や、常磐津の裃のような茶色ではなく、もう少し赤みのある、柿そのものの色、まさに柿色。艶やかな、綺麗な色だなあと思いました。なぜ通常の柿色は、柿の色と違って茶色なのだろうかと不思議に思いました。

              私は平成4年から歌舞伎を見始めたのですが、『戻駕』はほとんど上演されない稀曲でした。上演されないのですから、解説の文章なども読む機会がなかった。ところが、近年になって俄かに上演頻度が上がってきているようですね。そこでこの度、日本舞踊社から出ている『日本舞踊全集』で詞章を確認してみました。非常に難解な詞章です。詳しい脚注が付いていて、語句の意味は分かるのですが、文章の意味が分からない。(ありがち)
              不思議なのは、これだけ詳しい解説が書かれていながら、羽織に書かれた「以上」の意味が説明されていないことです。一番知りたい部分だったのに。これは「遊女の手練手管」であり、廓の文化の中でも最もおいしいところだろうと想像されるのです。まあしかし「以上」の意味を知らない日本人はいませんし、やっているほうは通じるつもりでやっているのですから、説明されなくても自分で分からなくてはいけないのかもしれません。
              そう考えていたところ、突然、分かってしまったのですよ。正解なのかどうかは分かりませんけれども、別に作者の桜田治助が墓の下から出てきて教えてくれるわけではありませんし、自分で納得できれば良いわけでしょう。
              | 歌舞伎 | 20:28 | comments(0) | - |
              KABUKI SPECIAL PERFORMANCE
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                9月11日(金)、大阪文化芸術フェスの歌舞伎特別公演(Cプロ)を見に行ってきました。

                関西は本当に歌舞伎の上演が少ない・・・。
                歌舞伎俳優はほとんどが関東在住だから、関西公演は「旅興行」であり、費用が高くつき、よって上演が少なく、さらにコロナに弱いのであった。
                がんじろはんは関西在住らしいですケド。
                会場は「COOL JAPAN PARK OSAKA TTホール」というところ。名前が長くて覚えられない。そして、自分で自分のことを「COOL」と名乗るほどダサいものはないな!と思うのでした。「TTホール」の「TT」が何を意味しているのか、会場にいる誰も知らないだろう。たぶん会場名も誰も覚えていない。
                大阪の市営の地下鉄は、正式名称を「Osaka Metro」と言うのだそうで、なぜ日本語じゃないのでしょうか。まるで異国に来てしまったような気分です。欧米の植民地にされたアジアの小都市みたいな雰囲気。
                無料で配布された番付の表紙には、大きく「KABUKI SPECIAL PERFORMANCE」と書かれ、その下に小さく「歌舞伎特別公演」と横書きで書かれています。アルファベットで書くと、何が嬉しいのか、私にはよく分からない。ヤンキー気質を感じる。漢字は一文字一文字が意味を発しているから、暑苦しくて、COOLじゃないのかもしれない。日本舞踊も、踊りがずっと意味を発し続けているから、COOLじゃないのかもしれません。
                私は熱い芝居が好きだ。見ていて興奮して、何もかも忘れて舞台に夢中になるような。
                「進化論」というものがありますけれども、生き物の変化の歴史だけを言うのではないのだそうです。言語にも進化があって、象形文字→表意文字→表音文字というふうに「進化」していくのだと、表音文字を使っている人たちが言っているようです。そうして「自分たちが一番優れている」「優れた者だけの世界を作ろう」などと言っていた時代もあったみたいですね。
                しかし、アルファベットを知っていたら英語が読めるわけじゃないですよね。アルファベットは全然、表音じゃないと思う。文字のとおりに読むと、「コールジャパンパルクオサカ」「カブキスペシアルパーフォーマンセ」というような、かなり別な物になってしまうのです。すると、一番優れた言語は、他に読み間違えようがないひらがなとかカタカナトイウコトニナルノデショウカ。ジッサイ、ゼアミハジブンノブンショウヲカタカナデカクコトガオオカッタソウデ、カンジデカイテジブンガオモッテイルノトチガウフウニヨマレルノガイヤダッタラシイ、タトエイチオンノチガイデモブタイデハオオチガイダカラ。ヒョウオンモジノセカイデイキテイルヒトタチニハ、ドンナケシキガミエテイルノダロウ。ゼアミハカタカナデシャベッテイタダロウカ?
                「英語を公用語にしよう」という議論が過去に日本で行われていることをご存じでしょうか。真剣に議論され、何度かそちらへ行きかけた。「そちらへ行かなくて良かった」と私は思っていますが、現実にはそちらの世界へのゲートウェイがすでに開かれていて、みんなしてそちらへ移動中、という感じですね。私は行きませんが。
                | 歌舞伎 | 11:00 | comments(0) | - |
                演目成仏
                0

                  「演目成仏」という言葉があります。と申しましても、私が考えた言葉であり、ほかの人が使っているのを見聞きしたことはないのですが・・・。

                  「この演目は、今回の配役による上演が最上のものであり、私にとって今後、この感動を超えることは絶対にない」と確信しますと、その演目が成仏してしまい、「見たい」という欲望が消えていく。
                  その公演を見ながらにして、成仏することもありますし、あとから振り返って「あの公演が最高のものだったんだなあ」と気づくこともある。
                  その演目を見た最初の機会に、成仏することもありますし、何度も繰り返し見たあとになって、やっと成仏することもある。
                  共通の演目であっても、歌舞伎の成仏と、文楽の成仏は、全く別個のものです。
                  ところで、成仏した演目を、あえて見に行くということがあります。その理由はいろいろあって、「いままでずっと見てきたから」とか、「ほかに見たい演目があるから」とか、「若い役者さんを応援するような気持で」とか、「ひょっとしたら」とかです。
                  成仏した演目を見に行くことを「演目供養」と呼びます。
                  | 歌舞伎 | 20:22 | comments(0) | - |
                  歌右衛門の隅田川
                  0

                    歌舞伎の映像を見ておりますと、「なんでこっちを映さねえんだよボケ」などと、私はずっと怒っている感じです。カメラ割りに不満を感じることが多い。視点が人と違うのかしらん。

                    六世中村歌右衛門の『隅田川』の映像は、歌舞伎座で収録されたものがDVDで販売されています。舟長は十七代目中村勘三郎です。しかし私は、このDVDの映像よりも、NHKホールで収録されたもののほうが断然、好きなのです。舟長は二代目中村鴈治郎です。でも残念ながら、部分的にしか見たことがない。
                    今日のEテレ「にっぽんの芸能」で、そのNHKホールのほうの『隅田川』が少しだけ流れたのですが、すぐに終わってしまいました。あのあとが本当にすごいのにさ。こんど全編を放送してくれないかなあ。周囲の人にも聞いてみたのですが、誰も持っていないんですよね。こういう優れた映像こそ、多くの人が見てくだされば良いのに。
                    | 歌舞伎 | 00:13 | comments(0) | - |
                    車匿童子の悲しみ
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                      『一谷軍記』の「組打の段」に、「檀特山の憂き別れ、悉陀太子を送りたる車匿童子が悲しみも、同じ思いの片手綱」とあります。初めて見た人には意味が分からないでしょうし、また、床本ばかり何千回読み直してみても、分かるようにはならないと思うのです。そこで僭越ながら、私がちょっと解説させていただこうと思います。

                      「いつか自分自身で分かりたいのだ!」という方は、ネタバレになりますので、読まないでくださいね。
                       ◎ ◎ ◎
                      「悉陀太子」というのは、お釈迦様のことです。若い頃にシッダルタというお名前で、漢字では「悉陀」と表記されます。小国ながら一国の王子様だったので「太子」というわけです。はた目からは恵まれた境遇と思われましたが、ある時に城を出て、出家してしまいます。そして、城を出る時に乗ってきた馬を、途中で城に帰させた。その馬を城まで連れて帰ったのが、舎人の車匿です。車匿と別れる際に、悉陀太子は、身に着けていた装飾品を車匿に渡し、修行のための質素な衣に着替えたということです。
                      ここまでは、調べれば分かると思うのです。分からないのは、「車匿童子の何が悲しいのか」ということです。どれだけ親しい間柄だったのか知りませんが、親子でもないし、恋人でもないし、別れると言っても、悉陀太子はここで死んでしまうわけではありません。我が子を殺した熊谷の悲しみと同列に語られる意味がずっと分からなかった。悉陀太子と車匿童子は、何か特別な関係だったのでしょうか?それは知りようがありません。
                      ずっと分からなかったのですが、平成27年2月、歌舞伎座での上演を見ていて、突然、私は分かったのです。「見ながら意味が分かる」というのは、すごい経験です。同じ経験は、あなたにも、いつか訪れるかもしれない。ネタバレになりますので、「いつか自分で分かりたい!」という方は、読まないでくださいね。
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                      つまり悉陀太子という人は、ここから、悟りの境地に向かって歩み出したのだと思うんですね。彼は苦しみのない世界へ旅立っていったのです。そうして車匿は苦しみの世界に取り残された。
                      熊谷直実の息子である小次郎も、ずるいことに、先に一人で成仏してしまったのです。死ぬのは嫌だと言っても良かった。逃げろと言った時に逃げても良かった。そうしてくれれば良かったのに、自分が死んだあとの父母のことが心配だと言う以外には、何の未練も示さない。すなわち、もう悟っている。自分は藤の方の恩によって生まれた身であり、ゆえに敦盛のために死ぬものだと思っている。一方で熊谷は、それでも殺したくないと迷い、殺したあとでさえも、苦しみ続けている。「悟った者に取り残された、悟れない者の悲しみ」が、車匿童子と「同じ」というわけです。普通の別れではなく、特殊な別れであり、あまり類例がない。
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                      この「車匿童子の悲しみ」は、『一谷軍記』に初出のものではなく、先に『平家物語』の「維盛入水」に出てくるものです。しかし、海上が舞台となる「維盛入水」よりも、馬の登場する「組打」にこそ相応しく、作者の詩情を感じるところです。奇跡的な。
                      | 歌舞伎 | 16:22 | comments(0) | - |
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