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波の底にも都あり
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    文楽の『義経千本桜』で、安徳天皇が和歌を詠みますね。天皇が読む和歌を「御製〔ぎょせい〕」と言います。

    今ぞ知る 御裳濯川〔みもすそがわ〕の 流れには 波の底にも 都ありとは
    物語の中では、「安徳天皇が初めて詠んだ御製」ということになっていますが、実在した安徳天皇が壇ノ浦で入水したのは満6歳のことだったそうで、まだ、このような和歌が詠める年齢ではありません。
    『源平盛衰記』において、この和歌は二位殿〔にいどの〕が詠んだことになっています。それも本当の話かどうか分かりません。誰かが、二位殿になりかわって、二位殿の辞世を創作したのかもしれません。二位殿とは、二位尼〔にいのあま〕とも呼ばれますが、安徳天皇の母方の祖母であられる平時子〔たいらのときこ〕のことです。ちなみに『平家物語』の「先帝身投」には、この和歌は出てきません。これが、能の『大原御幸〔おはらごこう〕』では、「安徳天皇の最後の御製」ということにすり替わります。つまり『義経千本桜』は、能をパクっているわけです。
    ついでに申し上げますと、『義経千本桜』において平知盛は「六道〔ろくどう〕の苦しみ」ということを言います。これは、知盛が安徳天皇の身の上について語る述懐ですが、『平家物語』では建礼門院〔けんれいもんいん〕がご自身の身の上話として語っています。能の『大原御幸』にも出てきます。建礼門院とは、安徳天皇の御母、平徳子〔たいらのとくこ〕です。ここでも、人物がすり替わっているのです。
    人間は、何度も生まれ変わるあいだに、天道・人間道・修羅道・畜生道・餓鬼道・地獄道の六道を巡ると言われますが、建礼門院は、わずか一生のあいだに6つを全て経験したと自ら語ります。ところで、6つのうち「畜生道」については、「それは自分で体験したうちに入らないのではないかな」と私はむかしから違和感を感じていました。6つ揃えるために無理やりこじつけているとでも言いましょうか。ところが!先ごろ、衝撃的な記述を発見したのです。ううう・・・。
    *畜生道
    『平家物語』の「読み本系」には、建礼門院が異母兄弟である宗盛や知盛と特別な関係にあるという噂が立ったことが書かれているものがあり、また、『源平盛衰記』には義経との間にも浮名を立てられたとする記述もある。建礼門院のそれらの体験が「畜生道」にあたるとされている。
    100分de名著『平家物語』安田登:著より(p114)
    とても衝撃的な記述でした。歌舞伎の『三人吉三廓初買』にも出てきますが、近親相姦は畜生道の苦しみなんですよね。世の中どうなっているのだろう。この世界では、あらゆることが起こり得る。
     ○
    ところで、現在「大阪都構想」なるものが進行中で、もうすぐ住民投票が行われるそうですが、可決されても大阪は都にはならないですよね?他国では知りませんが、日本において「都」と言ったら、天皇陛下のおわします地のことであり、それ以外にはない。なぜ「都構想」などと僭称しているのでしょうか。馬鹿を騙くらかして自分たちの思うように操ろうという戦略の1つでしょうか?それとも、本当に「大阪都」になるのでしょうか。何でも起こり得るこの不思議な世界で。
    | 文楽 | 23:09 | comments(0) | - |
    文楽の養成事業その2
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      国立文楽劇場では文楽の養成事業を行っていますが、もう何年も前から「募集してもなかなか人が集まらない」という状態です。「集まらない」「どうしよう」という話は、別の部署にいる私のところにも伝わってくるのですが、何かが改良されたという話は聞かない。

      まず、普通の学校であれば、「講師陣」と「授業内容」の紹介というものが行われます。受験生を集めるための必須事項です。しかし文楽の研修では、講師の紹介というものが全く行われていません。
      新国立劇場のホームページを見てみますと、
      ・オペラ研修所・・・33名の講師+3団体
      ・バレエ研修所・・・24名の講師+1団体
      ・演劇研修所・・・43名の講師
      これだけの講師がずらりと名を連ねています。演劇研修所のページでは、講師の略歴も記されていますし、かなりの有名人も混じっている。これだけの授業が受けられるのなら、たとえ将来俳優になれなかったとしても、研修だけでも面白いんじゃないかなと感じるのです。オペラやバレエは、数週間にわたる海外研修も行われています。
      文楽では、第一線の技芸員が授業を受け持っていることは間違いないと思いますが、具体的に誰が教えているのか、劇場の職員である私でさえ知らない状態です。
      なぜ、そんなに秘密にしておくのでしょうか?秘密でも人は集まるのでしょうか。
      若い人を集めようと思ったら、歴史、文学、美術、他分野の演劇・音楽などの講師も魅力的でなくては。
      | 文楽 | 23:02 | comments(0) | - |
      嶋太夫師匠の思い出2
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        ◎このあいだ「2ページのインタビュー記事を3ページに変えたら怒られた」という話を書きましたが、該当プログラムを見返してみたら、3ページではなく4ページだった・・・。正確に言えば、4ページ目の下半分は別の告知だったので、3ページ半だ。それで3ページだと思い込んでいたのでした。2ページだった連載記事が急に4ページになったら、確かに怒るかも知れぬ。なぜか「みんな同じ」ということを重要視する世界ですしね。でも、その回はいつもと違って2人の技芸員へのインタビューだったし(人選は私が決めたのではない)、ゲラは3回くらい回していたはずだし、事前に見ないほうが悪いと思うんです。私は毎回4ページの連載にしたいくらいだった。

        ◎記憶というのは儚いもので、嶋太夫師匠のインタビュー記事を見返してみたら、例のキャッチコピーが、覚えていたものと違っていた。正しくは「先のことは余り考えません。今日の舞台が私の全て。」でした。絶対に覚えていると思って、調べないで書いて、結局間違っている、ということがあるんですよね。でも「余り」の一語を絶対に入れてほしいと師匠から言われたことは本当です。
        ◎嶋太夫師匠がご病気で半年余り休演され、復帰された時に、私はまだ師匠のこれも聞いていないし、これも聞いていない、まだまだお元気で語っていただかなくては困りますよ、と師匠に申し上げました。そして、私は師匠の定高がどうしても聞きたいんです、と言いますと、師匠は「雛鳥がいませんからねえ」と仰いました。私は「○○さんが雛鳥じゃ駄目なんですか」と喉元まで言いかけて、やめておきました。
        嶋太夫師匠は後年、太夫の人数が減ってきているけれど、いまいる人たちでやるしかない、実力より上の作品であっても、どんどん語ればいい、というようにお話しされていたと思います。が、結局私は師匠の定高を聞くことはできませんでした。
        平成6年5月に『妹背山婦女庭訓』の通し上演を拝見できたことは、私にとって、本当に奇跡的な、得難い経験でした。「山の段」は2時間くらいありますが、若い恋人同士が川を隔てて呼び合う冒頭部分から涙が止まらなくなり、客席に座ったまま自分はどうなってしまうのだろうかと思うほど、どうしようもなくずっと泣きました。こんなに悲しくて、こんなに美しいものがあるのかと思いました。私はこの話をこのブログで何度も書いていますね。
        ◎嶋太夫師匠が、素浄瑠璃で『壺坂観音霊験記』をお出しになったことがありました。嶋太夫師匠は、盲目の若太夫師匠のもとで修業されたこともあって、この作品に特に思い入れがあると仰っていました。『壺坂』と言いますと、私としては「お里が主役」という印象を持っていました。沢市が、わりとあっさり死んでしまうのに対し、お里は身を投げる前に長い述懐がありますし。ところが、嶋太夫師匠の語りを聞いてみますと、「沢市が主役」という感じで、私のそれまでの作品の捉え方が、完全に覆されるようでした。そのことを嶋太夫師匠にお話ししたところ、師匠は「そうです、この作品は沢市が可哀想なんです」と仰いました。この話も書いたことがあったかな?
        | 文楽 | 13:31 | comments(0) | - |
        嶋太夫師匠の思い出
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          嶋太夫師匠の思い出ばなしを書いてもいいでしょうか。裏の話を、どの程度まで書いていいのでしょうかね。もうずいぶん昔の話なので、記憶が違っていたらごめんなさい、という感じですけど・・・。

           ◎ ◎ ◎
          嶋太夫師匠に「もっと素浄瑠璃の会をやってくださいよう」と申し上げたことがありました。しかし、若手の勉強会や自主公演と違って、切場語りが自ら素浄瑠璃の会を企画する、ということは、なかなか難しいようでした。逆に言えば、お膳立てが整えば出る気はある、というような含みを感じました。しかし、私は貧乏だったので、自分で企画して、こちらから出演を依頼するような才覚はありませんでした。
          それでも、企画を立てる方がいたらしく、嶋太夫師匠の素浄瑠璃が実現したことが数回ありました。それらのうち、大倉集古館で行われた「中将姫」の上演を、私も拝聴することが叶いました。嶋太夫師匠の「中将姫」は、国立文楽劇場の本公演でも聞いたことがありますが、この素浄瑠璃の公演では、本公演とは全く異なる語り口だったのです。気迫が違うと言えば語弊がありますけれども、声の使い込み方、芸の突っ込み方が深いとでも言うのでしょうか。上演後に、出演者のお話を伺う時間が設けられ、司会の方が「本公演とずいぶん違いますね」というような質問をしたと思うのです。すると嶋太夫師匠は、「意識して変えているというよりも、自然と違ってくるものなのです」というような回答をされていました。確かに、本公演と全く同じでは、素浄瑠璃を企画した意味がないかなあと思いますし、数十回も連日で語る本公演と、1回だけの素浄瑠璃が同じ語りであるはずがない、とも思います。そしてまた、本公演と素浄瑠璃とで語り口を変えられるだけの度量の深さ、師匠の芸の奥深さに、私は非常な畏敬の念を感じたのです。
           ◎ ◎ ◎
          私は、平成13年4月から16年3月まで、国立文楽劇場の宣伝編集係で働いていました。私は文楽公演のプログラムに対して強い不満を持っており、自分の任期中に、それを自分の理想とする形に少しでも近づけたいと考えていました。出演者のインタビュー記事がたった2ページであることも不満の1つでした。ある時、これを3ページに増やしたところ、「勝手にページを増やすな」と関係者から怒られたことがありました。「減らして怒られる」というなら分かりますが、「増やして怒られる」というのはどういうことなのだろうかと思いました。しかし幸いにも、怒っていたそのクソジジイは、突然どこかへ消え去ってくれました。私は早速、出演者インタビューのページを再構成することにしました。本当はぜひカラーページにしたかったのですが、国立文楽劇場は貧乏で、実現しませんでした。写真を大きくし、キャッチコピーのような短い文を冒頭に入れることにしました。このキャッチコピーは、聞き書きを担当してくださっている方が考えるわけではないので、私が考えて入れていました。インタビューで出たお話の中から、特に印象的な言葉を拾って短くまとめたわけです。
          嶋太夫師匠のインタビューを企画した時、そのキャッチコピーの部分に「明日のことは考えません 今日の舞台が私の全て」と入れたのです。そうして師匠のところにゲラを届けたところ、「明日のことはあまり考えません」に変えてほしい、と仰るのです。えっ、それって入れないほうがカッコ良くないですか、だって私が勝手に考えたわけじゃなくて師匠がご自分でそう話していたんですよ、などと言ってみたのですが、もう絶対に入れてほしいのだそうですよ。絶対に。
           ◎ ◎ ◎
          とかく文楽の世界では、「明日をも考えぬ芸」「筒一杯の語り」というものが重要視されていますが、初日に行ったら素晴らしかったけれど、千穐楽に聞いたら全然だった、というようなことでは、玄人の芸とは言えないのではないかなあと私は思うのです。一段の語りの中でのペース配分、1つの興行の中でのペース配分、1年のペース配分。あるいは、自分の人生のこの段階で、どうしてもこの演目を上演しておきたい、というような執念。嶋太夫師匠の「あまり」という言葉へのこだわりに対して、私はそのようなことを考えさせられたのでした。
          | 文楽 | 12:19 | comments(0) | - |
          文楽の養成事業
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            先日、NHKで放送された「バレエの王子になる!」という番組を見たのです。ロシアのバレエ学校のドキュメンタリーでした。最初のほうを見逃してしまって残念でしたが、たいへん面白く興味深い番組でした。

            校長先生が生徒たちに向かって放つ厳しい叱責の言葉が印象的でした。「バレエの世界において、才能は天から降りて来ることは絶対にない、練習あるのみ」
            そこからちょっと興味を持って、他の映像をDVDで取り寄せてみたのです。
            ・「ワガノワ・バレエ・アカデミー バレエに選ばれた子どもたちの8年間」
            ・「パリ・オペラ座バレエ学校の妖精たち〜エトワールを夢みて〜」
            ・「七小福」・・・実話に基づく京劇の学校の物語
            事前に想像されたことではありますが、まあ厳しい世界ですね。子供にとって、厳しくされるのと、放っておかれるのと、どちらがつらいものなのでしょう。厳しくされるのが羨ましいと感じることもありますが、現実には、脱落していく子もたくさんいますからねえ。
            「その涙は何ですか?あなたは今ここで泣くより、この3年間こそ頑張るべきでした。しかし、あなたにはまだチャンスが残されているのです」
            先生が生徒に向かって言う言葉は、先生自身も子供の頃に聞かされて育ったのだろうと思いました。咄嗟には出てこないと思う。
             ◎ ◎ ◎
            ところで、私たちの文楽の養成事業ですけれども、募集してもなかなか人が集まらない、という状況が続いています。
            新国立劇場で行っているオペラ研修、バレエ研修、演劇研修のほうは、毎年、それぞれ数十名ずつの応募があるのですが、国立文楽劇場の文楽研修は、多くて3人とか、酷いと応募ゼロのこともあるのです。
            私はこれまで、「この募集方法では人は集まらないと思います」ということを、たくさんの人たちに訴えてきたのですが、全然聞いてもられない。そこで今ブログに書き込んでみているというわけです。ごまめの歯ぎしりですね。
            まず、募集が「基本的に2年に一度」ということになっています。「基本的に」というのは、募集しても応募がゼロだった場合、次の年に続けて募集することがあるため、確実に2年に1度であるという保証はないのです。2年のサイクルが、途中でズレてしまうことが、実際に起こっているんです。前もって「この年度に募集があるはずだから」という心づもりができないのです。募集があるんだかないんだか分からないものを、将来の選択肢の1つに入れるということは、ちょっと考えられないことです。若者にとって、1年の違いは大問題でしょう。計画的にこれに応募してくる人は1人もいない、ということです。
            そして、「研修場所は国立文楽劇場、ただし、文楽東京公演時(年4回)には国立劇場で行います」という募集要項になっています。研修場所は大阪だけれど、年4回は東京。年4回って、一体いつのことなのでしょうか。公表されているのでしょうか。それは何日間ですか。そのあいだ、研修生は、衣食住をどうすれば良いのでしょうか。自分でアパートを借りるのでしょうか?私がちょっと聞いてみたところ、勤め人の出張の時と同じように、交通費と宿泊費は劇場から出るのだそうです。ならば募集要項にそう書いておけば良いではありませんか。「年4回、東京で行います」ということだけしか分からない謎の募集要項、こんな怪しい募集に申し込む人が存在するほうが不思議というものです。親御さんだって心配で預けられないでしょう。
            それから、この研修を修了した人たちが現在、実際の舞台で大活躍しているというのに、そのことが何もアピールできていない。誰が研修修了者で、誰がそうでないのか、職員でさえ忘れてしまうことがありますよ。「研修修了者一覧」というものがホームページに掲載されていないからです。
            伝統芸能分野の研修生は、人が足りないから、必要だから募集しているのであり、ちゃんと育てば、将来のポジションがすでに用意されているわけなのです。「修了者が現在これだけ活躍している」ということを明示すべきだと思うのです。しかし、全くできていないのです。
             ◎ ◎ ◎
            文楽の研修生は、現在募集中ということになっていて、ホームページに募集要項が出ています。そこに「2週間の研修例」という表が掲載されています。
            私も知らなくて、この表を見て驚いたのですが、文楽の研修は授業数が非常に少ないですね。彼らは1日に2〜3時間しか授業を受けていないのでしょうか?残りの時間は全て自習なのでしょうか?23歳以下の子供が、どの程度、自分だけで勉強できるものなのでしょうか。
            文楽の技芸員になるためには、演劇史、日本史の授業も必要でしょう。能楽についても、『俊寛』『景清』『安宅』『安達原』『隅田川』『班女』『海士』など、文楽に関係の深い曲目だけでも見ておいていただかなくてはなりませんし、能の舞台を見る前には、詞章を読み、知らない言葉を確認しておくという授業も必要でしょう。演劇人であれば、毎日の運動の時間や、健康・体力維持、栄養学の知識も必要でしょう。『伊勢物語』『平家物語』『太平記』の授業も必須でしょうし、近松の原作を読む授業も当然行われているものと思っていました。これが本当に研修生の代表的な2週間なのでしょうか。2週間のうちに、日本舞踊の授業は1コマもないのでしょうか。
            文楽の技芸員が、歌舞伎について、どの程度知っておくべきなのかという点については、意見の分かれるところかもしれません。しかし、文楽の太夫や人形遣いであれば、歌舞伎の演技や演出、戯曲のカットの入れ方、照明の使い方、人形ではなく人間ならばどう動くのか等、参考となる点も多いと思います。映像がたくさん出ているのですから、見ればいいのです。
            『伽羅先代萩』という演目があるからには、茶道についても少しは心得がなくてはなりませんし、武士が主役の演目がたくさんあるのですから、武道のことも少しは知らなくてはなりません。本格的でなくとも、知識として、刀の扱い方なども知っていた方が良いと思うのです。新国立劇場のバレエ研修でさえ、茶道を習っています。なぜ文楽研修生は茶道を習わないのでしょうか。
             ◎ ◎ ◎
            去年のことですが、新国立劇場のバレエ研修の公演を見に行ったところ、現役の研修生が1人ずつマイクを持って喋るという時間が設けられていました。将来の目標や、新国立劇場の研修所に入って自分が得た成果について、自分の言葉で話していました。それから、普段の研修風景を収録した数分の映像を流していました。研修発表公演が、研修生の募集活動にもなっているわけです。
            「国立文楽劇場でもやりましょう」ということがない。それだけの職員もいないし、予算もない。
             ◎ ◎ ◎
            文楽の研修制度というものは、国立劇場ができてから始まったもので、当然、昔はありませんでした。「国が実施してくれて、ありがたい」「あなたたちは恵まれています」「現状で感謝」というスタンスだと思います。ところが新国立劇場のオペラ、バレエ、演劇は、「海外の研修制度はあんなに充実しているのに日本は貧しい、もっと、もっと!」というスタンス。予算はどんどんあちらへ移っていきます。
             ◎ ◎ ◎
            文楽の、特に太夫の人数がどんどん減っていることに、私は強い危機感を持っています。時代物の通し上演は、もう無理なのではないかと思います。悔し涙が出ます。本当に。
            | 文楽 | 04:00 | comments(0) | - |
            嶋太夫師匠
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              豊竹嶋太夫師匠がお亡くなりになったそうです。

              私は嶋太夫師匠の大ファンでした。公演を見終わった後、よく楽屋まで行って、「今日の舞台、素晴らしかったです」などと興奮しながらお話ししたものでした。
              若い太夫や、劇場関係者に対しては非常に厳しく、怖い方だったと聞き及んでいますが、私にはいつも優しく接してくださり、怖いところなど1度も見たことがありませんでした。
              私は劇場の職員なのに、嶋太夫師匠にサインをもらいに行ったこともありました。いま玄関に飾っています。
              国立文楽劇場の近くの食堂で嶋太夫師匠に親子丼をご馳走していただいたことと、桐竹勘十郎襲名披露公演のプログラムの取材時に桂米朝師匠にお酌をしていただいたことが、私の職歴の頂点であり、あとは下降していくばかり。
              新聞社の訃報には、嶋太夫師匠の代表作として『夫婦善哉』が挙げられているものがありました。確かに素晴らしい上演でしたが、私にとっての嶋太夫師匠の代表作は『夫婦善哉』ではありません。
              ・『妹背山婦女庭訓』「山の段」雛鳥、「道行恋苧環」「金殿」
              ・『本朝廿四孝』「十種香」
              ・「阿古屋琴責」
              ・「重の井子別れ」
              ・「酒屋」
              ・「帯屋」
              ・『ひらがな盛衰記』「神崎揚屋」
              ・『伽羅先代萩』「御殿」
              ・『生写朝顔話』「宿屋」
              ・『壺坂観音霊験記』
              ・「中将姫雪責」
              ・「封印切」
              ・『仮名手本忠臣蔵』「七段目」おかる
              これらが、特に印象に残っている作品です。もっと聞きたかった、聞けたはずだったのにと思う一方で、これらの舞台を拝聴できたことは、本当に幸運で、幸せなことでした。夢のような、魔法のような、何とも形容しがたい、最高に素晴らしい舞台でした。私は文字通り夢中になりました。この世にこんなにすごいものがあるなんて信じられないと思いました。
              ご冥福をお祈りいたします。
              | 文楽 | 22:27 | comments(0) | - |
              道頓堀
              0

                私の働いている国立文楽劇場も、徐々に動き出しています。

                8月に予定されている「文楽素浄瑠璃の会」「若手素浄瑠璃の会」は、早々に完売となりました。売れ行きが予想できない公演でしたが・・・。
                「親子で楽しむ舞台裏方体験」という企画も8月に予定されています。募集を開始したところ、会場が東京だと勘違いして申し込んで来る方が続出・・・。国立文楽劇場が大阪にあることがNTJメンバーに意外と認知されていないことに劇場内で衝撃が走りました。
                 ◎ ◎ ◎
                『曾根崎心中』の冒頭に「道頓堀へ寄りゃんなや」という詞が出てきますが、初演は竹本座でしたから、道頓堀にある劇場の中で「道頓堀へ行くな」と言っていたんですね・・・。
                 ◎ ◎ ◎
                「蛸つかみ」の手を作るのは、文七のかしらを彫るより大変らしい。
                | 文楽 | 22:31 | comments(0) | - |
                そういう前提
                0

                  JUGEMテーマ:文楽

                  マスク、眼鏡、帽子、
                  あなた誰ですか?
                  こんな世界では恋も生まれない
                  ところで、
                  顔が見えないと恋は生まれないのか?
                  よく「人は見た目ではない」と言うけれど、文楽のかしらや、能のおもてなどは、「見た目が全て」という前提に立っているように思えます。いきおい、やはり生身の人間も、見た目が全てなのではないかという気もしてまいります。
                  が、盲人の恋を描いた小説に『春琴抄』『盲目物語』がございます。顔が見えなくても、恋はあるでしょう。どちらもなぜか谷崎だ。『春琴抄』は文楽で上演されたことがあり、『盲目物語』は歌舞伎で上演されたことがある。そして、どちらも、もう上演されなさそうですね。
                  文楽に登場する女性のかしらは、「女子役」「娘」「老女方」「婆」のどれかであることが多い。年齢別、たったの4種類。「お福」「悪婆」「莫耶」「ガブ」などは特殊なかしらです。一体、女性には年齢の区別しかないのでしょうか。
                  しかし、同じ「娘」のかしらでも、よく見てみると顔立ちが1つ1つ違っています。主人公でありながら、あまり美人じゃないこともある。美人じゃなくても恋はしますからね。この「娘」のかしらが、さらにもう少し細かく分類されていてもよいのではないか、と思うこともあります。
                  男性のかしらは、女性よりも格段に種類が多いのですが、わりと「こわい顔」をしているものが多い。舞台を見ている時はあまり感じませんが、写真で見ると、目がつり上がり、口角を下げていて、非常にきつい顔立ちをしています。それだけの大きな悲劇に巻き込まれるからでしょうか。でも女性はどんな悲劇に巻き込まれても普通の顔をしていますけれどね。ガブ以外は。
                  しかし、「若男」はこわくない。まだ苦悩を知らないのでしょうか。若い男性のかしらには、他に「源太」があります。「若男」と「源太」は、はっきり区別できるものもありますが、とても似ているものもあります。「若男」と「源太」が区別できるようになったら、文楽道もゴールが近いと思います。額のあたりの盛り上がり方が違うのだとか、「源太」のほうが若干老けるとか聞きますが、私が思いますには、「若男」は「普通の男」で、「源太」は「いい男」「モテ男」という分類になります。(そういう基準で見たほうが「当たる」と思うのです)
                  『絵本太功記』十段目に出てくる武智十次郎は、芝居の途中でかしらが変わるそうです。出は「若男」、一度引っ込んで鎧を着て出てくると、動きのない「源太」、出陣して戻ってくると、眉が動く「源太」です。「若男」には眉毛の動きが付いているものは存在しないので、眉毛が動いたら迷わず「源太」です。つまり、仕掛けのない「源太」と、「若男」との区別が難しいというわけです。十次郎のかしらが途中で変わっても、同じ人物に見えるのは、どんな魔法なのでしょうか。人間だったら、そうはいかない。
                  竹本小住太夫さんは、「若男」と「源太」を語り分けることができるそうです。ずっと、その超絶技巧を早く聞いてみたいものだと思っているのですが、なかなか機会が訪れません。
                  | 文楽 | 17:13 | comments(0) | - |
                  初演の夏祭
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                    JUGEMテーマ:文楽

                    『夏祭浪花鑑』の初演時、舞台で「本水〔ほんみず〕」「本泥〔ほんどろ〕」が使用されたと聞きます。また、団七の人形には「帷子〔かたびら〕」が使われたそうです。人形浄瑠璃の人形は、衣裳によって体の形を作っているわけですが、帷子では無理。つまり団七の人形は、現在の形状と同じようなものだったのではないかと想像できます。泥を洗い流すのは難しそう。どうやって上演していたのでしょうか。歌舞伎では、現在も本泥を使って上演されていますし、コクーン歌舞伎の時は舞台全面に土を敷き詰めていました。文楽では、もうやらないでしょうかねえ。一体どうやってやっていたのだろう?
                    | 文楽 | 08:00 | comments(0) | - |
                    独参湯の独参湯
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                      JUGEMテーマ:文楽

                      『忠臣蔵』が上演されるたびに、必ず独参湯、独参湯と言われるわけですが、「独参湯とは」との説明が一緒に付いていなければ何のことなのか分からず、キャッチコピーにもならない。もしも『忠臣蔵』がなかったら、独参湯という言葉は誰も知らないのではないか。独参湯という言葉は、『忠臣蔵』を持ち上げるために、どうも他の狂言を腐しているように感じられて、パッとしない。私個人としては、『忠臣蔵』だけが他の狂言よりも格段に優れていると感じたことはない。
                      | 文楽 | 13:07 | comments(0) | - |
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